忘れられない人

今日の気づき
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今日は、私の、忘れられない人の誕生日です。
といっても、もう3年前に亡くなってしまいましたが。

彼とは、釜ヶ崎で出会いました。

私が看護学生だった頃、
社会学の先生が声をかけてくださったのをきっかけに、
炊き出しのボランティアに参加するようになりました。
そこで出会ったのが彼です。

いつもニコニコしていて、
気のいいおじいさん、という言葉がぴったりの人でした。
なんでも包み込んでしまう、
冬の陽だまりのような存在でした。

炊き出しには、本当にいろんな人が来ます。
ボランティアの人たちも、
食べに来てくれる人たちも、
お互いの詳しい事情は知らないけれど、
顔を合わせれば挨拶を交わす。
そこには、静かで優しい空気が流れています。

中には、残念ながら
ズルをして自分だけ得をしようとする人もいます。
たいていの場合、周囲は怒ります。
でも、彼は違いました。

「誰にでも、そういう汚い部分ってあるやろ。
自分だけ得したい、
自分だけ楽したい、
チヤホヤされたい。
俺だってある。
だからな、俺はアイツのことを責められんのや」

そう言って、彼は笑っていました。

人って、これまでの人生で
自分が「我慢してきたこと」を、
他人が我慢していないと、
その人を責めてしまいがちです。

「普通は…」
そんな言葉を使って、
できていないことを、ことさら責めてしまう。

自分が許されなかったことを、
誰かがやっているのが許せない。

自分にも、そんな気持ちがあるくせに、
それを認めたくなくて、
だから、責めずにはいられなくなる。

でも、彼の言葉を聞いてから、
考え方が変わりました。

いろんな人がいて、いいじゃない。
サボっているアイツも、
うまく立ち回っているアイツも。

アイツは、
私が本当はやりたかったズルを、
代わりにやってくれているんだ。
私のカッコ悪い部分を、
引き受けてくれているんだ。

そう思ったら、不思議と、
まったく腹が立たなくなりました。

炊き出しは、
高齢化や土地柄の流動性もあって、
メンバーがどんどん入れ替わっていきます。

それでも、そこにはいつも、
たくさんの学びがあります。

彼は、本当に多くのことを教えてくれました。
彼のようには到底なれないけれど、
彼のマインドが、
少しでも誰かの救いになればいいなと思っています。

時間と体力が許す限り、
私も、釜ヶ崎に通い続けていきたいです。

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