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先日、炊き出しに行ったときの話。
作業する場所には、簡易的なかまどのようなものがあって、
炊き出しの日はそこで大量のお湯を沸かす。
薪をくべて火を起こすのだけれど、
これがなかなか難しい。
その日は特に火力が強くて、
鍋がすっぽり炎に包まれるほどだった。
私はその鍋からお湯を汲んだ。
その瞬間、ふわっと立ち上る熱と一緒に、
髪の毛が焦げる匂いがした。
「……あ」
ほんの一部だけど、髪がチリチリになってしまった。
正直、ちょっと悲しかった。
でも、ちょびっとだし、そのうち伸びる。
ハゲたワケでもない。
「まあ、いいか」と笑っていたら、
そこにいた旅路の里のおねえさんが言った。
「そうよ!生きてりゃ、伸びるのよ!」
続けて、こんな話をしてくれた。
「桜の花はね、死んだら散れないの。
桜の花が散るのは、桜が生きてる証拠なのよ。
人間も同じ。
人間も、死んだらハゲれないのよ」
なるほど!
人間は、生きているから髪が伸びる。
そして、生きているから抜けもする。
禿げる、という現象もまた、生きている証拠なのだ、と。
あとで調べてみて、なるほどと思った。
桜の花が散るのは、風に吹き飛ばされるからではなく、
植物が生きたまま行う「能動的なプロセス」なのだそうだ。
細胞が働き、エネルギーを使い、
きちんと“散る準備”をして、初めて花は枝を離れる。
逆に言えば、完全に枯れてしまえば、
そのプロセス自体が止まる。
だから「死んだ桜は散れない」という話は、
比喩ではなく、生物学的にも筋が通っている。
人間も同じだ。
髪が伸びるのも、抜けるのも、
皮膚が入れ替わるのも、老いるのも、
全部「生きている細胞が働いているから」起こる。
もし本当に死んでしまったら、
髪はこれ以上抜けもしないし、
伸びもしない。ただ、止まる。
変わるということは、
動いているということ。
失うということは、
まだ代謝しているということ。
あのとき、少し焦げた私の髪も、
時間が経てばまた伸びてくる。
それは私が、生きているからだ。
桜が散るのも、
人が老いるのも、
髪が抜けるのも。
全部、「ちゃんと生きている」証拠なんだね。

